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人工知能の勉強備忘録

松尾豊氏の書籍「人工知能は人間を超えるかディープラーニングの先にあるもの」を読んで人工知能に興味を持ち、勉強したメモを忘れぬように備忘録としてまとめる

「人工知能が人間から仕事を奪う」は本当か

人工知能についての議論の中で、「人工知能の発達により多くの仕事は人工知能(AI)に代替されて人類の仕事が奪われる」という主張がある。

 

これは、イギリスのオックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授が「これから20年以内に全労働者の半数近くの仕事が自動化され、雇用が奪われる」という発表をしたからだ。

 

となると、「20年以内にAIに奪われない仕事に就かないと・・・」とか考えがちだが、人工知能の発達で機械が対応できる業務の幅が広がっただけで、実はこれまでにも機械化の波は何度も訪れている。

 

例えば、産業革命。それまで多くの労働者は肉体労働で生計を立てていたが、産業革命の結果、多くの機械が導入され、労働者は仕事を失うことになった。

 

国内においても、昭和に存在した「電話交換手」や、「エレベーターガール」などの職業は現在ではほぼ存在しておらず、機械化で失われている。

 

このように、AIに限らず、機械化によって雇用が奪われるということは今もおきていることであり、特段驚くことでもない。

 

では、仕事を奪われた労働者はどうなったかというと、当然、収入がないとやっていけないので別の仕事に就くことになる。

 

人類全体として考えると、機械化できるところは機械に任せておいて、人間でしか対応できない高度な業務のみを人間が行う方が効率が良い。

 

大きな視点で考えると「仕事を奪われた」と考えるのではなく、「機械化可能な単純労働から開放された」と考えるべきである。

 

とはいえ、職を失ってしまっては日々の生活が回らない。

 

では、どう対応すべきかというと「機械に使われる側ではなく、機械を使う側に回る」ということになる。

 

機械を使う側に回るというのは、機械がアウトプットしてきたデータを見て、高次な判断を行うような仕事。例えば、企業経営などはまさにこの部分に当たる。

 

現状の機械は、限られた条件下で最大のパフォーマンスを発揮することは得意だが、全く違う視点で物事を考えたりすることは出来ない。

 

少し前に話題になった囲碁で考えると、ディープラーニングを使った学習で「囲碁」に限れば人類を超えているかもしれないが、機械はいきなり囲碁を打つのをやめて、違う行動を行うことは出来ない。

 

経営のように、多角的に物事を見て、総合的な判断を行うというのは、現状の機械には実行できない領域である。

 

それから、もうひとつ付け加えておくと、機械に仕事を奪われるという表現は正しくない。正しく言うと、仕事を奪っているのは「機械を作っている人間」なのだ。

 

冷静に考えれば分かることがだ、コンピューターに「人間から仕事を奪ってやろう!」などという考えは一切ない。

 

あくまでも、人間が労働を機械化するという目的を持って人工知能を搭載したデバイスを開発して、労働の一部が機械化されているのだ。

 

世の中のニュースでは、ロボットが悪いような表現が見受けられるが、この点は正しく認識して欲しい。